2008年03月06日

紀州徳川家

紀州にもあったんですね!

紀州徳川家(きしゅうとくがわけ)は、江戸時代に紀伊国・伊勢国を治めた徳川氏の一支系で、徳川御三家のひとつ。紀伊徳川家とも称され、単に紀州家、紀伊家ともいう。

徳川家康の十男徳川頼宣を家祖とし、江戸時代を通じて紀州藩(紀伊藩・和歌山藩)の藩主であった。五代藩主吉宗と十三代藩主慶福が、それぞれ八代将軍徳川吉宗、十四代将軍徳川家茂となっており、御三家のうちで征夷大将軍を輩出した唯一の家である[1]。

紀州家の支系(御連枝)は、伊予国西条藩の西条松平家のみだが、吉宗が徳川将軍家の後嗣に入り新たに御三卿(田安徳川家と一橋徳川家。のちに清水徳川家が加わる)を創始したことによって紀州家の血筋は大いに繁栄した。将軍家・御三卿からさらに大名家に養子に出た者も非常に多い。

明治維新後は華族に列し、侯爵を授けられた。戦前の紀州家は、日本でも屈指の富豪といわれ、戦後も十六代当主徳川頼貞は参議院に二期連続当選を果たすなど存在感を示した。しかし、頼貞の生前の散財に加え、頼貞が1954年に没した後に借金返済のために遺族が興した事業が次々と失敗に終わり、更に家庭内のスキャンダルも重なったため、戦後はマスコミの格好の餌食となった。

なお、頼貞の嫡子である頼韶が1958年に42歳の若さで亡くなって以降は、家の名は頼貞の夫人や娘の女系によって名目上は保たれているが、旧侯爵家としては事実上の断絶状態にあるとする記述も見受けられ、またいわゆる十八松平の子孫で構成される徳川・松平一門の会にも、現十九代当主は会員と認められていないとの説もある。
(以上、ウィキペディアより引用)

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